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ワインでモテる人モテない人 – いかり肩ボトルとなで肩ボトル -

ワイン画像

赤坂通りから信号を曲がり、三分坂近くの路地裏にそのワインバーはあった。
「三分坂」の名の由来はその昔「急坂のため車賃を銀三分(さんぶん 百円余)増したため」と言われている。
この店は、どの駅からも遠く、初めて訪れる者にとっては迷うし不便。
だがマスターは思う。
── 駅から近いワインバーなんて、ドラマがないでしょ。

そう、女性と飲んで店を出たとき、すぐ駅前の雑踏ほど、現実に引き戻されるつまんなさったらない。このあとどうする?と迷いながら、タクシーで夢の世界へ誘える余韻こそワインバーには必要なのだ。
 
ピアノブラックのカウンター。シワの深いマスターの笑顔が確認できる程度の薄明りの下、左端には色白のワインおたくジェームスが、右端には金髪ひげメガネのドナルドが、それぞれの女性の到着を待っていた。
 
「もしもし! オレです、ジェームスです。お疲れ! 今どのへん? うん、うん……」

待ち時間を無駄にしたくない左端の色白男は、女性が到着する時間を確認し、何をどう注文するか、巧みに構成を練っている。
 
右端では、寡黙にスマホを打つメガネ男の姿が、暗闇の中にぼんやり浮かぶ。
「どういうルートで来ます?」……送信。
受信……「赤坂駅からです」。
駅の出口の番号と、曲がる場所の目印、お店の入り口の写メをLINE。

キザなワインおたく ジェームズ君

ほどなくして店のドアが開いた。
「ごめん、ドナさん。LINEありがと、迷わず来れた」
「どうぞどうぞ、座って。ワイン、同じでいい?
じゃ、これと同じ泡をグラスで……」
ロングヘアの女性が座り、楽しげな会話が始まった。

「もしもし! 今どのあたり? そっち逆かも……。
今なにが見える? ローソン?
じゃ、ローソンを背中にして、右曲がって。」

チャラい既婚者 ドナルド君

静かなバーに、ジェームスの低めの渋い声が響く。かなり遅れてショートカットが似合う女性が現れた。
 
「遅くなってすいません」
「ごめん分かりにくかった? でも、ちょっと迷いながら、なんとか辿り着く的な? 迷路みたいなのも嫌いじゃないでしょ? ね、ね、女性って、迷いたい生き物とか言うもんね、ね……」
 
女性は時に迷いたい生き物だ。しかし、迷って余計に歩き、相手を待たせ、変な汗をかくことは好まない。女性は迷いたいのではない。迷っているのを助けてもらうのが好きな生き物なのだ。場所の分かりにくさ。そこをどうフォローするかで既に男たちの優劣がついていた。

シャトーカロンセギュール

今日は2月14日。バレンタインにちなみ、ジェームスは、ハートのラベルの赤ワイン「カロン・セギュール」を開け、その物語を語り始めた。
 
「これ見て、このハート、まさに今日飲むのにピッタリでしょ?」
「ホントだ、かわいいい!」
「でもこれね、実はちゃんと歴史があってね……」

サン・テステフ村の格付けシャトー。18世紀当時、ラフィットやラトゥールなど、名門ワインシャトーを所有していた男、セギュール侯爵は、こんな言葉を残した。
「我、ラフィットやラトゥールを作りしが、我が心、カロンにあり」
おぼっちゃまのセギュール伯爵は、これまで格式高いブランド畑ばかり所有してきたが、「実は僕の心は、無名なカロン畑のワイン一筋なんだ!」という熱い思いでそのボトルのラベルにハートをつけた。
 
「今日のワインに相応しいいい話でしょ? で、それって実は僕らワインラバーの間では超有名な話でさ。他にもこういう話って色々あってね、例えば……」
最初は興味津々だったショートカットの女性だが、ひたすら頷くのみのロングトークに首が疲れ、途中、ほとんど上の空だった。
 
一方の右端のカウンターでは、
「今日、泡の次、何飲む? バレンタインだから、バランタイン? 飲まないね?(笑)」
「そこ、“なんだそれ!”、じゃないんだ?(笑)」
「なんだそれの使い方、知ってるね~? もしや、“なんだそれ教の信者”?」
など盛り上がりつつ、しばらくすると、目の前に置かれた2本のボトルをドナルドが指さしながら女性に聞いていた。

なで肩ボトルといかり肩ボトル

「この2本見て、見た目だけの違いは?」
「ええ? 見た目の違いですか? ボトルの形が、こっちは、なで肩で、
 こっちは、いかり肩?」
「そうね。じゃ、これ両方飲んでみようよ……」
 
いかり肩のボトルとなで肩のボトルから1杯ずつ赤ワインが注がれた。
「なで肩のこっちは透き通ってるじゃない? 葡萄がピノノワールで、ブルゴーニュ産。どう?
「ああ、なんかすっきりしてて美味しい~」
「じゃ、こっちは?」
「濃厚で、どっしりしてる」
「さすが、分かってるね、伊達にロングヘアを内巻きしてないね?(笑)

いかり肩のこっちが、カベルネとメルロ―という2種類の葡萄を混ぜて作ったボルドー産のワイン」
 
実は「いかり肩となで肩」には理由があり、ドナルドはそれを知っていた。いかり肩のボトルは葡萄品種が複数のため、オリ(ゴミ)が出る。そのオリを引っかけるための「肩」なのだ。一方なで肩ボトルは、葡萄がピノノワール単一品種だからオリが出ない。だから「肩いらず」のなで肩なのだが、その理由を、あえてドナルドはそこでは語らなかった。
 
「私、このなで肩のほうが好きかも。ブルゴーニュ?」
「さすがだね、どMな王様好きだね?」
「ええ~(笑)!? それどういうこと~?」
「だってボトルはなで肩で、なんか弱気な感じじゃない? でもブルゴーニュって“ワインの王様”って言われてんのよ。だから、どMな王様だな、と思って。逆に、いかり肩のボルドーは“ワインの女王様”って言われてんのよ。」
「あはは。ドナさん、女王様系、嫌いじゃないでしょ?」
「正解! むしろ大好き、『足をおなめ!』とか言って欲しい」
「私、どっちかというと、そっち系かも……どS?」
「マジ? じゃ、なで肩どMな王様が好きな、女王様だ?!」
「なんでよ~~! でも、そうかも(笑)」
 
「すいませーん、ロウソクとムチお願いしまーす!」
「バカじゃないの!(笑)」
 
ロングヘアの女性を連れたドナルドと、ショートカットを連れたジェームス……。皮肉にもショートカットのほうが“長っ尻”だった。
3杯目を飲むとそそくさと店を出て行くドナルドとロングヘアの彼女。
三分坂を仲良く登り、2人でタクシーに乗り込むその後ろ姿に、今夜の答えを見たようだ。

手をつなぐ画像
  • ワインモテ教訓3
  • ワインモテ教訓4
人物紹介

ワインでモテるひとモテないひとバックナンバー

  • vol.6 まずはツボを刺激して相性を知るべし。結婚とは、コルクの折れたワインである
  • vol.5 男の浮気は冒険に満ちたレジャーである。女性のOKサインを読み解くべし。例えば「今日飲めてしまう」。
  • vol.4 女性は歴史は雑学を好まないというが、例外もある。ワインも女性も、ホメて、回して、ゆっくり花を開かすべし。
  • vol.3 先に飲んでるよと伝える相手は、彼女ではなく、マスター。ワインと恋愛は先入観が邪魔をし、直感が出会いを逃す。
  • vol.2 駅に遠きワインバーは、夢に近し。女は、語りすぎる男を嫌い、語らせてくれる夜が好き。
  • vol.1 男は歴史を語りたがり、女は時を共有したがる生き物だ。カウンターでは女性を左隣に座らせるべし。
すずきB

すずきB(すずき・びぃ)

放送作家。1970年、静岡県生まれ。早大在学中「さんまのナンでもダービー」で放送作家デビュー。現在、「秘密のケンミンSHOW」「ぷっすま」など担当。グルメ番組を多く企画構成する他、料理漫画の原案や、スターシェフのプロジェクトCHEF-1も手掛ける。食べ歩きとワインが趣味でブログに綴る。
電子書籍も人気。http://suzukib.net

Wine Joker

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