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ワインでモテる人モテない人 - ワインバーでのホメる技術 -

ワイン画像

目黒の権之助坂に、夜のとばりがおりていた。
最近はラーメン激戦区と言われるこの界隈だが、権之助坂をちょっと入った路地裏や雑居ビルの中には、雰囲気のいい隠れ家的ワインバーが潜んでいることは、意外と知られていない。

権之助坂で、かれこれ20年続けているそのワインバーの名は、「GON」(ごん)。マスターが、「菅沼権之助」へのリスペクトをこめてつけた店名だ。
菅沼権之助……。
かつて「権之助坂」と呼ばれるあの道はなかった。江戸中期、それが作られるまで、江戸と目黒を結ぶ道は、とある急な坂道を通るしかなかった。

重い荷物を運ぶ人は苦労し、下りで目黒川に落ちる者もいた。
それを救おうと、「菅沼権之助」はある日、私財を投じて緩やかな坂道を作り人々を救った。そんな出来事から、この坂は「権之助坂」と呼ばれるようになったという。

そんないい話好きのマスターは「GON」のソムリエでもある。
グラスを磨く彼の前のカウンターの右端、金髪メガネのドナルドの隣には、腰のあたりのくびれの細さが目を引く、黒いワインピースの長身美女が。一方のカウンター左端、ジェームスの隣には、声の通りがやけに良い、赤いワンピースの美女が座っていた。 ジェームスは細長いシャンパングラスをかたむけながら、キザな口調で女性に語る。
「このフルートグラスに耳をかたむけてごらん」
「え、こうして、ですか?」
「何か聞こえ るでしょ?」
「パチパチ、弾ける音ですか?」
「そう。これ、拍手の音、なんだよ。シャンパンが僕らを祝福してくれてるんだよ」
「なんか素敵〜、いいですね」

キザなワインおたく ジェームズ君

右端のドナルドは、白ワインを飲みながら、あるゲームを始めていた。
「ほめほめゲームって言うんだけどね、お互いに、相手のことをなんでもいいから1つずつホメあって、ラリーするの。いい?」 「ええ? ホメあうんですか?」
「そう。で、ルールとして、ホメ内容は本当に思ってることでもいいし、思ってないことでもいい。でないとさ、“もうホメることない”って言われたらゲーム終わっちゃうじゃん? だから、思ってなくてもいいから相手をホメてみる。
 じゃ、いくよ。俺からね……」

チャラい既婚者 ドナルド君

一方、左端のジェームスは、フランスのある修道士のおじさんの話をしていた。
「ピエールって言うんだけどね……。
ピエールは、新たな白ワインを生み出そうと頑張ってたのよ。
でもなかなかいい白ワインができなくてね。
ビンの中で発酵したときに泡が出来てしまって、雑味がある。
でも当時、イギリスでは、輸送中にたまたま生まれた発砲がシュワシュワしていいって、逆にウケていた。」
「へえ、当時はまだスパークリングワインとかシャンパンってなかったんですね?」
「そうなんだよ。そんな中、ピエールおじさんは、意図的にそのシュワシュワを作る技を思いついた。それが“瓶内二次発酵”。聞いたことある?」
「ああ、言葉は聞いたことあります。」
「いまでは当たり前となった、スパークリングワイン。
 当時ピエールがワインを作っていた地域はフランスの……さあどこだ?」

ドン・ピエール・ペリニヨン

「シャンパーニュ地方、ですか?」
「そう!」
「そして、そのピエールおじさんのフルネームが?」
「え? わからないです」
「おじさんのフルネームは、ドン・ピエール・ペリニヨン」
「えええ!!ドンペリって、そのおじさんの名前なんですか?」
「そうなんだよ。で、栓がポンと飛ぶ様子や泡が華やかで、お祝いの場にいいとなって、
 いまでは欠かせないものになったんだよ」
「へえ、勉強になります、今度、アナウンサー研修でその話、します」

声の通りの良い赤いワンピースの女性は、どうやら某局新人アナウンサーのようだ。
俗に男が好きな雑学の類を女性は嫌うというが、今日のジェームスのワイン雑学は、珍しく相手にフィットしている様子。

一方のドナルドは、ほめほめゲームでさらに盛り上がっていた。
「次俺ホメるね、、、ええとね、そう、目がきれい!」
「ふふっ、なんか照れますね。じゃ、次、私がドナさんをホメますね。髪型がおしゃれ!」
「マジ? 嬉しいな、ありがとう。あ、ごめん、実際思ってるかどうかは分からないんだった。つい真に受けちゃった(笑)」

「スタイルがいい!」

「爪が綺麗です」

「リアクションがいい!」

「声がセクシーです」

「キスがうまそうな口がいい!」

「おいしい店を知ってるグルメなところ」

そんな“ほめほめゲーム”のラリーは続き、いつしかカウンターの下では、自然と二人の手と手がからみあい、足と足が時折、意図的に触れていた。
そう、このゲームはよく出来ていて、思ってもないことを言ってもいいルールのはずが、人間というのは、思ってもない嘘はなかなか言えないもので、つい相手の良いところを探し、本気でホメていた。そして自分が本気でホメているのだから、きっと相手も実は本気でホメているのだろうと思うと、ゲームとはいえ、そのホメ言葉の全てが愛の告白となり、言葉の愛撫となり、互いに引き寄せあった。

一方のジェームスも、ワインをデキャンタに移して回しながら語っていた。
「こうするとワインが空気に触れて、閉じていた花のツボミが開くように、香りも味も、抜群に華やかになるんだよ」
「へえ、それをデキャンタージュって言うんですね、メモっておきます」
「ほら、ビロードのような喉越しでしょ」
「ビロードのような? 素敵な表現ですね」

乾杯画像

「ワインってのはね、素敵なフレーズでホメながら飲むと、より美味しいんだよ」
「あ、本当だ、さっきより美味しく感じます〜」

一方、今日のドナルドはいつになく調子がいい。初デートの彼女を、今夜ゴールへ持ち込もうと決めたようで、彼なりの“リトマス試験紙”に出た。
つまり、これをしたとき相手がどんな反応するかで判断しようというものだ。
ホメてホメられ、気分が乗ってスキンシップも進むなか、その流れで彼女の右手を、バルーングラスのようにふくらんだ自らの股間あたりへと導き、彼女の耳元でささやいた。
「頼むから、俺のコルクも抜いてくんない?」
「ええ、ドナさん、ここではダメですって……」

“ここではダメ”
つまり、違う場所なら良い、そう考えるのが自然だ。

人影

「マスターすいません、チェックお願いします!」
ドナルドは、確信しながら彼女とバーを出た。

それから10分後……。

人生には3つの「坂」があるという。
「上り坂」と、「下り坂」。
そして「まさか」、であることを痛感しながら、一人肩を落として歩くドナルドの姿があった。
深夜の権之助“坂”に……。
そこに今夜の答えを見たようだ。

  • ワインモテ教訓7
  • ワインモテ教訓8
人物紹介

ワインでモテるひとモテないひとバックナンバー

  • vol.6 まずはツボを刺激して相性を知るべし。結婚とは、コルクの折れたワインである
  • vol.5 男の浮気は冒険に満ちたレジャーである。女性のOKサインを読み解くべし。例えば「今日飲めてしまう」。
  • vol.4 女性は歴史は雑学を好まないというが、例外もある。ワインも女性も、ホメて、回して、ゆっくり花を開かすべし。
  • vol.3 先に飲んでるよと伝える相手は、彼女ではなく、マスター。ワインと恋愛は先入観が邪魔をし、直感が出会いを逃す。
  • vol.2 駅に遠きワインバーは、夢に近し。女は、語りすぎる男を嫌い、語らせてくれる夜が好き。
  • vol.1 男は歴史を語りたがり、女は時を共有したがる生き物だ。カウンターでは女性を左隣に座らせるべし。
すずきB

すずきB(すずき・びぃ)

放送作家。1970年、静岡県生まれ。早大在学中「さんまのナンでもダービー」で放送作家デビュー。現在、「秘密のケンミンSHOW」「ぷっすま」など担当。グルメ番組を多く企画構成する他、料理漫画の原案や、スターシェフのプロジェクトCHEF-1も手掛ける。食べ歩きとワインが趣味でブログに綴る。
電子書籍も人気。http://suzukib.net

Wine Joker

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