• トップ >
  • ワインでモテる人モテない人 – ワイン好き冒険家の浮気術 -

ワインでモテる人モテない人 – ワイン好き冒険家の浮気術 -

ワイン画像

西麻布の交差点から渋谷方向に坂を登って右手に曲がった路地裏に、そのワインバーはあった。
店の名は「KASUMI」。
かつてこの辺りは「霞町」という地名だったから。
という店名の由来は、港区界隈で飲み歩いてる大人なら誰もが想像つくだろう。
もしもタクシーに乗り「霞町」と伝えて「西麻布」へ向かう運転手はそれなりのベテランだ。
しかし、なぜあのあたりを昔は「霞町」と言ったかを知る人は少ない。
よく「あの辺りは窪地で、霞がかかる場所だったから」と語る者もいるが、実際、窪地で霞がかかるエリアではあるが、本当の由来はそうではない。西麻布交差点近くに、かつて「霞山稲荷」という神社があったから、というのが正解のようだ。

夜10時すぎ、そんなワインバー「KASUMI」のドアが開く。
どこかで食事を終えた金髪ひげメガネのドナルドが、胸元が大きく開いた白いブラウス&黒のタイトミニ姿のアラサー女性を連れ、現れた。
いつものことながら、ドナルドはカウンターの一番右端に座り、女性を自分の左どなりにエスコート。グラスのマム(最も冒険が似合うシャンパンと言われる)を2つ頼むと、乾杯しながら熱く語り始めた。

「俺はね、浮気とか、不倫とか、愛人って言葉が大嫌いでね。なんか、すごく悪い事してるみたいじゃない? 実はそんな悪い事じゃないと思うのよ、妻子ある僕みたいな人間が、妻以外の女性とデートして、まあ、それなりに盛り上がって、そうなったとしても」
「え〜? でも、社会のルールからしたら、一応、悪い事ってなってますよね」

シャンパーニュ・マム

「もちろん、トラブって誰かを傷つけたり、悲しませたり、家庭を崩壊させたらそれは悪い事なんだけどさ、結婚してることを正直に女子にちゃんと伝えてあって、それを理解した上でデートしてるんなら、誰も傷つけてない。そんなに悪いことじゃないと思うんだよ」
「確かに私もドナさんと、こうして飲めて楽しいですし、奥さんと別れて欲しいとか全く思ってないですからトラブルにはならないですね。
でも、奥さんにバレたら?」

「その時は土下座して、バッグでも買ってあげれば、だいたい許してくれる。俺のピポット理論を嫁には叩き込んであるから」
「ピポット理論って、なんですか?」
「ちょっと待ってて」
ドナルドは、そう言ってトイレに立った。

一方、真逆の左端には、既に1時間前から飲んでいるジェームスと背の高いモデル風の女性がシャトー・マルゴーを飲みながら語っていた。

「つい失楽園を思い出すよね、見た? マルゴーは、ラストで2人が心中するとき飲むワインなんだけどさ……」

ジェームスはいつもの調子でワインうんちくを語り始める。
マルゴーが、ラフィット、ラトゥール、オーブリオン、ムートンらと並ぶボルドー五大シャトーの1つであり、あの文豪ヘミングウェイがこよなく愛し、その孫娘にマルゴーの名をつけた、云々。
しかしなぜ「失楽園」の最後のワインが「マルゴー」だったのか、ジェームスは語る。

「あれって不倫こそ純愛、みたいな話じゃない? 僕はどうだろな、と思うんだけど。でね、マルゴーってワインは、“ボルドーの女王”と呼ばれるほど、最も女性らしくピュアで繊細な逸品なのね。どう? 飲んでみて」
「はい、香りも口当たりも、とっても繊細です。」
「妖艶な女性がシルクの布を一枚まとったような感じとでもいうのかな? ボルドーの女王、だから失楽園のラストに選ばれたんだと思うのよ」

シャトー・マルゴー

すると、リーデルグラスを磨いていたマスターの手が止まり、
「ジェームスさん、マルゴーが選ばれた理由、それだけじゃないみたいですよ。」
「え?」
「いや以前ね、ドラマに出てたあの女優さんがウチにいらしたとき聞いてみたんですよ、『失楽園は、なんで最後、マルゴーだったんですかね?』って。すると『もしあれが、シャトー・ピション・ロングヴィル・コンテス・ド・ラランドとか、長ったらしくて覚えにくい名前のワインだったら、あの小説もあそこまで話題にならなかったんじゃないですか? マルゴーという親しみやすく覚えやすい名前だから選んだと淳一先生にうかがったことあるわ』とおっしゃってましてね。」

キザなワインおたく ジェームズ君

マスターの一言にジェームスは無口になった。そう、ここのマスターは、時折、カップル客の会話にカットインし、男のお株を奪うような、ちょっとデリカシーのないところがあった。バーのマスターというのは、聞こえても聞こえてないふりが出来なくてはいけない。客に花を持たせてこそ一流だ。
一方、右端のカウンターで、トイレから戻ったドナルドが語り始めた。
右手の親指の先をカウンターに押し当て、コンパスのように人差し指を広げながら、

「ピポット、わかる? バスケの。この親指が軸足。で、こっちの人差し指が軸じゃない足。軸足が浮いたらファウルだけど、軸足さえ浮かさずにいれば、こっちは自由に動かしていい、それがピポットのルールでしょ」

チャラい既婚者 ドナルド君

「ふーん。じゃ、奥さんが軸足で、私とか他の女性が軸じゃない足、ってこと?」
「正解。なんなら軸じゃない足は一箇所に安定させてはいけない。ちょこまか動かしてこそ、ピポットの意味がある。そして、軸じゃない足に体重をかけすぎて、軸足が浮いてしまったらファウル。バスケも恋も。」
「うーん、分かるような、分からないような、、、」
「文房具のコンパスで言うなら嫁が針。鉛筆が他の女子。針は怖いけど折れない。鉛筆は体重をかけすぎると芯が折れる。でも鉛筆は、人生という名のキャンバスに、夢が描ける(笑)。君とも……」

「なんか、うまいこと言いますね?」
「そして、2B、3B、4B、芯は柔らかくなり、恋のデッサンに向いている、濃いほど恋に向く。ってね?」

そう言ってドナルドは自分の浮気論を正当化し、女子をなんとなく引き込むのが得意だった。
一方のジェームスは真面目で、、、
「不倫とか、浮気とか、俺はダメだと思うんだよね。泥棒と同じだと思うんだよ」
「ああ。そういえば、よく浮気相手に、奥さんが、この泥棒猫!って言いますよね、あれはなんで猫なんですかね? 泥棒犬、じゃなんか変ですけどね。サザエさんのせいかな? ♩お魚くわえたドラ猫…… 」
「あのさ、、、今、その話、どうでもよくないかな?」

一方、ドナルドの勢いは止まらない。
「浮気とか不倫という日本語がダメだな。あれは“レジャー”って言ったほうがいい」
「レジャーですか?」
「競馬とか釣りとか、そういうレジャーだって、度を越えれば家庭崩壊の危機になる。同じように浮気もほどよく楽しめばレジャーで済むと思うんだよ、俺は」
「なるほど〜」と言いながら、白ブラウスの女性はシャンパンが残ったグラスを一気に煽り、
「なんか今日、飲めちゃうな〜」と、小声でつぶやいた。
「マムいいでしょ。この赤いリボンもかわいいし。」

今日、飲めてしまうの

そう、その「G.H.マム」といえば、フレッシュさと絶妙なバランスを感じさせる味わいで世界中にファンを持つシャンパン。F1の表彰式でのシャンパン・ファイトで開けられる勝利の美酒としても知られ、また冒険家たちとのコラボも多い。
ドナルドは、「男は死ぬまで冒険家じゃなきゃ……」というのが口癖で、ラベルの赤いリボンを赤い糸になぞらえて口説くこともしばしば。
そして、女性の「今日、飲めてしまう」の一言が重要な意味のサインであることも理解していた。

その日の深夜0時すぎ。
西麻布(霞町)の交差点に、手をつなぎながらタクシーに乗り込むドナルドと彼女の姿があった。その冒険に満ちた船出に霞などかかっていない。
そこに今夜の答えを見たようだ。

  • ワインモテ教訓9
  • ワインモテ教訓10
人物紹介

ワインでモテるひとモテないひとバックナンバー

  • vol.6 まずはツボを刺激して相性を知るべし。結婚とは、コルクの折れたワインである
  • vol.5 男の浮気は冒険に満ちたレジャーである。女性のOKサインを読み解くべし。例えば「今日飲めてしまう」。
  • vol.4 女性は歴史は雑学を好まないというが、例外もある。ワインも女性も、ホメて、回して、ゆっくり花を開かすべし。
  • vol.3 先に飲んでるよと伝える相手は、彼女ではなく、マスター。ワインと恋愛は先入観が邪魔をし、直感が出会いを逃す。
  • vol.2 駅に遠きワインバーは、夢に近し。女は、語りすぎる男を嫌い、語らせてくれる夜が好き。
  • vol.1 男は歴史を語りたがり、女は時を共有したがる生き物だ。カウンターでは女性を左隣に座らせるべし。
すずきB

すずきB(すずき・びぃ)

放送作家。1970年、静岡県生まれ。早大在学中「さんまのナンでもダービー」で放送作家デビュー。現在、「秘密のケンミンSHOW」「ぷっすま」など担当。グルメ番組を多く企画構成する他、料理漫画の原案や、スターシェフのプロジェクトCHEF-1も手掛ける。食べ歩きとワインが趣味でブログに綴る。
電子書籍も人気。http://suzukib.net

Wine Joker

ページの先頭へ