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ワインでモテる人モテない人 – 結婚をワインに置き換えてみる -

ワイン画像

そのワインバーは、乃木坂駅の、青山墓地方面出口から出た路地裏の、妙な場所にひっそりあった。
乃木坂という駅はやっかいで、青山墓地方面に行きたいのに、ミッドタウン方面の出口に出てしまうとえらいことになる。
一度出てしまうと、地上ルートでは、そう簡単には逆側へ行けない。
再び地下に潜ってホームを歩くほうが早い。
何度かそんな経験をすると、東京で電車に乗るときは何となく乗るのでなく、降りることを見越して何両目が最適か、意識した上で乗ることが大事なのだと田舎者は学ぶ。
カウンター5席しかない狭いワインバー。
実は本業が他にもあるマスターが、週末だけ趣味でやっていて、客は顔見知りの常連のみだ。
カウンターの右端にドナルドが、暗闇でもそのハッキリした顔立ちがわかる鼻筋のとおった美女を連れて、あるシャンパンを飲んでいた。

今日は6月。
ジューンブライド。
それにちなんでドナルドが選んだのは「ペリエ・ジュエ」という美しい絵柄のシャンパンだ。
ドナルドが目の前のボトルを指差しながら語る。

「このペリエ・ジュエっていうシャンパンは、ペリエという男と、ジュエという女性が結婚して生まれたメゾンなんだよ。」
「へえ、ドラマチック〜。ワタシもそういうカレと結婚したいな〜」
「どういうことだよ!
 あ、ペリエといっても、ガスウォーターのペリエじゃないからね(笑) あれはルイ・ペリエ博士だから」
「いろんなこと知ってるのね、ドナさんって。」
「そう? でもさ、モテないんだよ、これが」
「ええ? 十分モテてるでしょ〜。」

アネモネが描かれたベルエポック

他に客がいない静かな店内。
マスターがワインセラーの棚を整理するボトルの音だけが店内に時おり響く。

「エリー、これ知ってる? 相性がわかるツボ、ちょっと右手出して」
「ええ? 相性がわかるツボ?」

白い手の甲が暗闇に浮かび、派手なネイルとリングが光る細い指の、その人差し指と親指の間のツボを、ドナルドは親指で刺激しながら聞いた。
「これどう?」
「ああ、気持ちいい」
「相性、完璧」
「ええ、なんで?」
「これって心理学なんだよ。もしね、俺のこと好きじゃなかったら、たとえ気持ち良くても、“気持ちいい”って言いたくないでしょ? 心理的に。」
「確かに……」

「で、今みたいに、間髪入れずに、気持ちいいって言えるってことは、いい感じのツボだったわけで、それを俺に知られていいわけで。何なら感じてる自分を相手に見せたいわけで、つまり相性いいってことなのよ。エロ的に(笑)」
「エロ的にって(笑) 出た、出た、ドナ節」

いつものスキンシップで盛り上がっていると、そこへジェームスが女性と現れた。前にも連れていたアナウンサーらしき女性だ。
カウンター5席の店内。
ジェームスたちの来店により、ドナルドと彼女は、まるで親に見つかったカップルのように急に姿勢を正して飲み始めた。

チャラい既婚者 ドナルド君

「なんかよく会いますね?」
「ですね? ワイン、お好きなんですね? 
 すいません、となり……。俺、ジェームスです」
「僕、ドナルドです」
ドナルドが初めて話しかけると、ジェームスも笑顔で答えた。
「あ、それ、ペリエ・ジュエじゃないですか? もしかして、プロポーズですか?」
「あはは、違いますよ、6月だから」
「ああ、ジューン・ブライドで? さすがドナルドさん、お洒落ですね〜。」
「あ、良かったら、これ、飲みますか?」
「いいんですか? じゃ、遠慮なく、いただきます」
白髪でワシっ鼻のマスターは、ドナルドが開けたボトルを2つのグラスに注ぎ、ジェームスとアナウンサーらしき彼女に渡すと、4人で乾杯し、早くも打ち解け始めた。

キザなワインおたく ジェームズ君

「そうそう、ジューンブライドってさ、日本だと誰が言いだしたか知ってる?」

ジェームスのうんちくが始まった。梅雨どき、1年で最も披露宴が行われない時期に、なんとかして披露宴を開いてもらおうと、1967年、オークラの副社長がヨーロッパのジューンブライドという文化に目をつけ、それを広めて売り上げを伸ばした。本来なら、6月のユーノ(JUNEの語源)の神に見守られて、6月に結婚すると幸せになる、という逸話なのだが、それを聞くと実にがっかりする話。

ドナルドとジェームスは、互いに素性を明かして盛り上がると、ジェームスは切り出した。
「ドナさんは、結婚して、ぶっちゃけ幸せなの?」
「そうね……。結婚ってのはさ、結婚したからって、イコール幸せじゃないのよ」

「やっぱりな〜。だから結婚なんて、ムリしてしなくていいやって思うんだよな〜、俺は」

「ああ、ジェームスさん、結婚はしたほうがいいですよ。ただね、結婚は、するもんじゃなくて、育てるものなんですよ」
「ええ、どういう意味?」
皆が前のめりになった。

「つまりね、結婚ってものは、ワインに置き換えるなら、抜栓のときコルクが折れるようなものでね……。
絶対に順風満帆には行かない。結婚には壁がつきもの。抜くひとは男、抜かれるコルクは女。
コルクの状態が悪かったのかもしれないし、抜く人のやり方が下手だったのかも知れない。
結婚生活でぶちあたる壁ってのは、多分、どっちかが原因なんだけど、その原因をどっちとか、追求しないことなんだよ」

コルク画像

几帳面で完璧主義なジェームスは言った。
「いやいや、それで言うならさ、俺、腐ってないコルクと結婚したいし、
 そしてどんなコルクも完璧に抜ける自分でありたい、って思うんだよね〜」

「ああ、結婚してない人は、必ずそう言いますね。逆にいうと、だから結婚できない、そして結婚に向いてないわけでもあるんだけど。コルクは折れる。結婚というのは壁があるものなんですよ。」

「コルクは折れると決まってるんだよ。結婚というのは壁があるもんなんだよ。」
そう熱弁するドナルドに、連れの美女は真っ赤なルージュの唇を大きく動かしてこう言った。
「どんな大恋愛でも、理想の相手と結婚しても、結局そうなの? 夢がないよね〜」

ドナルドは続ける。
「でもね、結婚とは、コルクが折れたことを、どちらのせいにするでもなく、その状態をむしろ楽しむ作業なんですよ。相手の嫌なところが見えても、ああ、失敗ってネガティブにならず、コルクだらけのワインをそのままコルクごと飲んで楽しむもよし、キレイに濾過するもよし。いかなるハプニングも二人で手を取り合いながら超えて行く作業なんだよな〜」
静かに聞いていたジェームスのとなりのアナウンサーらしき彼女も、ついに通りのいい声で言った。
「うーん、コルクが折れると分かってるワインは、やっぱ飲みたくないかも〜。」
と、ドナルドの携帯が光った。
「ヤバい、帰らないと殺される。ごめん、マスター、チェック……」
「ええ、もう帰るんですか?」「もっと飲みましょうよ」
一同、ドナルドが帰るのを止めに入る。
「あ、結婚はするものでなく育てるものって話、まだ説明してなかった。続き、また次回ね……」

ドナルドはそそくさと店を出てタクシーに乗った。
「結婚は人生の墓場」というが、今、ドナルドの視界には青山墓地が広がっている。
そこに今夜の答えを見たようだ。

青山墓地
  • ワインモテ教訓11
  • ワインモテ教訓12
人物紹介

ワインでモテるひとモテないひとバックナンバー

  • vol.6 まずはツボを刺激して相性を知るべし。結婚とは、コルクの折れたワインである
  • vol.5 男の浮気は冒険に満ちたレジャーである。女性のOKサインを読み解くべし。例えば「今日飲めてしまう」。
  • vol.4 女性は歴史は雑学を好まないというが、例外もある。ワインも女性も、ホメて、回して、ゆっくり花を開かすべし。
  • vol.3 先に飲んでるよと伝える相手は、彼女ではなく、マスター。ワインと恋愛は先入観が邪魔をし、直感が出会いを逃す。
  • vol.2 駅に遠きワインバーは、夢に近し。女は、語りすぎる男を嫌い、語らせてくれる夜が好き。
  • vol.1 男は歴史を語りたがり、女は時を共有したがる生き物だ。カウンターでは女性を左隣に座らせるべし。
すずきB

すずきB(すずき・びぃ)

放送作家。1970年、静岡県生まれ。早大在学中「さんまのナンでもダービー」で放送作家デビュー。現在、「秘密のケンミンSHOW」「ぷっすま」など担当。グルメ番組を多く企画構成する他、料理漫画の原案や、スターシェフのプロジェクトCHEF-1も手掛ける。食べ歩きとワインが趣味でブログに綴る。
電子書籍も人気。http://suzukib.net

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